「名古屋自動車学校事件」判例解説 <同一労働同一賃金>に関する重要判例
目次
はじめに
令和5年7月20日に同一労働同一賃金に関する重要判例が最高裁で出されました。
この事件は、名古屋自動車学校に勤務していた教習指導員が、定年退職をした後に、基本給が大きく引き下げられたのは、正社員と比較して不合理な差別だとして勤務先に対して定年前の賃金との差額の支払いを求めた事件です。
これまで最高裁は、ハマキョウレックス事件・長澤運輸事件において、皆勤手当、住宅手当、無事故手当・作業手当、通勤手当等の各種手当について、同一労働同一賃金の観点から判断をしています。
また、大阪医科薬科大学事件、メトロコマース事件、日本郵便(東京・大阪・佐賀)事件では、賞与、退職金、病気休暇等についても判断を示しています。
このように、最高裁判所は、同一労働同一賃金の論点について、各種手当、賞与、退職金に関しては判断を示してきましたのですが、最も重要な基本給については判断していませんでした。
今回の名古屋自動車学校事件の最高裁判決は、基本給の格差がいかなる場合に同一労働同一賃金の原則に反するかという点を判断したものであり、企業の労務管理に大きな影響を及ぼす重要な判決になります。
事案の概要
名古屋自動車学校事件の教習指導員であったX1及びX2は、教習指導員として勤務していましたが、65歳で定年退職となり再雇用後の給与は以下のとおり5割以上減額されました。
X1 181,640円 → 81,738円
X2 167,250円 → 81,700円
なお、賞与についても、定年前は1回当たり基本給約1.5か月分が支給されていましたが、再雇用後は、名称が一時金となり、1回当たり4~10万円に減額されました。
原審の判断の衝撃
一審の名古屋地方裁判所は、基本給について、
「Xらは、Y社を正職員として定年退職した後に嘱託職員として有期労働契約により再雇用された者であるが、正職員定年退職時と嘱託職員時でその職務内容及び変更範囲には相違がなく、Xらの正職員定年退職時の賃金は、賃金センサス上の平均賃金を下回る水準であった中で、Xらの嘱託職員時の基本給は、それが労働契約に基づく労働の対償の中核であるにもかかわらず、正職員定年退職時の基本給を大きく下回るものとされており、そのため、Xらに比べて職務上の経験に劣り、基本給に年功的性格があることから将来の増額に備えて金額が抑制される傾向にある若年正職員の基本給をも下回るばかりか、賃金の総額が正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまる帰結をもたらしているものであって、このような帰結は、労使自治が反映された結果でもない以上、嘱託職員の基本給が年功的性格を含まないこと、Xらが退職金を受給しており、要件を満たせば高年齢雇用継続給付金及び老齢厚生年金(比例報酬分)の支給を受けることができたことといった事情を踏まえたとしても、労働者の生活保障の観点からしても看過し難い水準に達しているというべきであ」り、そうすると、「基本給に係る金額という労働条件の相違は、労働者の生活保障という観点も踏まえ、嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である」と判断しました。
また賞与について、
賞与が「労務の対価の後払、功労報償、生活費の補助、労働者の勤労意欲の向上等といった多様な趣旨を含み得るものであり」、労契法20条違反の検討については慎重な考慮が求められること、「嘱託職員は、長期雇用が前提とされず、今後役職に就くことも予定されていないこと」、嘱託職員は退職金の支払いを受け、Xらは高年齢雇用継続基本給付金および老齢厚生年金を受給していたこと、を指摘しつつも、これらの事実は、定年後再雇用の労働者の多くに当てはまる事情であるとして、「Xらの職務内容及び変更範囲に変更がないにもかかわらず、嘱託職員一時金は正職員の賞与に比べて大きく減額されたものであり、その結果、若年正職員の賞与をも下回ること、しかも、賞与の総額も、賃金センサス上の平均賃金を下回る正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまることを正当化するには足りないというほかない」と判断しました。
控訴審の名古屋高等裁判所も上記一審の判断を踏襲しました。
つまり、原審では、基本給及び賞与について、定年退職時の基本給から6割を下回る部分については、不合理な労働条件として違法であると判断したのです。
この原審の判断を見たとき、中小企業法務に携わる多くの弁護士は、衝撃を受けました。
日本の会社では、定年後再雇用の場面で、定年前からの賃金水準が6割やそれ未満の待遇になることはざらにあります。多くの会社で賃金設計を見直す必要があるのではないかと思いました。
なお、再雇用された嘱託職員については、高年齢雇用継続給付金や老齢厚生年金が支給され、月収の低下を緩和する制度が用意されています。
高年齢雇用継続給付金は、雇用保険の被保険者であった期間が5年以上ある60歳以上65歳未満の一般被保険者が、原則として60歳以降の賃金が60歳時点に比べて、75%未満に低下した状態で働き続ける場合に支給されます。
原告らも高年齢雇用継続給付金を受給していました。
最高裁判所の判断
最高裁判所は、原審の判断を一蹴しました。
最高裁判決では、基本給の不合理性の判断基準について、メトロコマース事件を引用し、「労働契約法20条は、有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期労働契約を締結している労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり、両者の間の労働条件の相違が基本給や賞与の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられ」、「その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである」としました。
そして、正職員の基本給は、勤続給のみならず、職務給としての性質をも有しているとみる余地があり、さらには、職務遂行能力に応じて額が定められる職能給としての性質を有しているとみる余地もあるのであって、また嘱託職員の基本給は正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有しているとみるべきであるとし、原審は、それらの性質や目的を十分に踏まえることなく、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、「その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある」とし、高裁に差し戻しました。
最終的な判断は、差し戻し審で下されることになりますが、基本給の格差が許されるという判断になる可能性が高いと思います。
企業の対応
最高裁判決では、基本給の性質や目的を踏まえて不合理性を検討すべきとしています。
しかしながら、中小企業において、正社員と非正規社員の基本給について、支給の性質や目的を説明できる会社はほぼないのではないでしょうか。
最高裁判決を踏まえて、まず企業において取り組むべきことは、正社員と非正規社員の賃金制度を改めて確認し、基本給の性質や目的について、理屈を考えておく必要があるということです。
一般的に正社員には、幅広い役割が求められおり、将来の管理者・幹部候補者としてオールグラウンドな貢献が求められていると思います。
他方、非正規雇用社員は、正社員のように幅広い業務や他部署への貢献は求められていない一方で、単一業務に対するスキルや習熟度に対する評価が問われていることが多いと思います。
企業としては、会社の人事評価等の項目を参考にして、基本給の性質や目的について、賃金の格差を正当化する理屈を考えておくことが重要となります。