残業代請求をされたらどう対応すべきか。 残業代請求に対する企業側の反論を弁護士が解説
目次
企業が残業代を請求されることのリスク
従業員から未払残業代を請求される企業が増えています。
特に、運送業、美容室、医療機関、飲食業などの業界では、長時間労働が常態化し、未払残業代が発生しやすい業態ですので、注意が必要です。
未払賃金請求においては、退職した従業員から内容証明郵便が突然に届くのが一般的です。消滅時効を停止させるために、内容と送付の事実を証明できる内容証明郵便が利用されます。
従業員本人から内容証明郵便が届いた場合は、金額に誤りがないか、すなわち労働時間や計算方法が正しく行われているかを精査する必要があります。
本人からの請求の場合は、かなりの確率で請求金額に誤りがありますので注意してください。
また、未払い残業代の請求の前段階として、資料開示要請の文書が届くことがあります。
タイムカードなど労働時間を算定する資料が従業員の手元にない場合に、まずは資料の開示を要請し、開示を受けてから請求額を確定させて、改めて内容証明郵便が届くというパターンです。
会社が開示要請に応じなければならない法的な義務はありませんが、これを一律に拒否することは得策とはいえません。
仮に開示を全面的に拒否した場合は、かなりの確率で訴訟提起されることになります。訴訟手続に移行すると開示には応じざるを得ません。
また、証拠保全等の裁判所を通じた手続がとられれば開示を強制されることになります。
つまり、開示を一切拒否することは、訴訟外による交渉での解決の道をとざすことになり、結果的に支払うべき金額が増える可能性が高いのです。
資料の開示請求を受けた場合は、開示を求められている対象資料の範囲や開示しないことのリスクを考慮したうえで、慎重に対応を検討する必要があります。
民事訴訟の基本的なルール
民事訴訟では、法律によって定められている権利の存否を裁判所が判断します。
請求権が認められるために必要な事実は、法律によって規定されています。
そこで、例えば、雇用契約に基づく未払賃金請求の場合は、まず未払賃金を請求する側である従業員が、権利の発生に必要な事実(請求原因事実)を主張・立証します。
これに対して、使用者は、権利の発生に必要な事実が存在しないと主張したり(否認)、一度発生した権利が消滅した事実や発生した権利の効果を妨げる事実(抗弁)を主張・立証していくことになります。
以下では、従業員の未払残業代請求において従業員側が主張・立証すべき事実とこれに対する使用者側の反論方法を具体的に説明いたします。
未払残業代請求において従業員が主張・立証すべき事項
権利の発生を基礎付ける事実については、権利の発生を主張するものが立証責任を負います。
その請求を基礎付ける事実のことを請求原因とよびます。
未払賃金請求権の請求原因事実は、以下のとおりです。
- 労働契約の締結及び内容(労務の提供と賃金支払の合意)
- 基礎賃金(賃金単価)
- 時間外労働を示す具体的事実(就業開始と終了の時刻、時間外労働、休日労働、深夜労働の各時間)
- 遅延損害金の割合を基礎付ける事実
上記の労働者の主張に対して、使用者側はこれを争うことになりますが、具体的な使用者側の反論方法について、説明いたします。
反論1 雇用契約ではないから労基法の適用はない
労働契約法第2条1項は、適用対象となる労働者を、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者と定義しています。
また、労働基準法第9条は、対象となる労働者を、事業に使用される者で、賃金を支払われる者と定義しています。
したがって、未払賃金の請求者が労基法上の「労働者」に該当しなければ、使用者は、労基法に基づく未払賃金の支払義務を負わないことになります。
相手方が会社の役員に当たる場合や契約が雇用契約ではなく、業務委託契約や請負契約である場合は、請求原因の労働契約の締結の事実を否認し、未払賃金の発生を争うことになります。
株式会社における取締役は、会社法上、会社との関係は委任契約であり、選任・報酬決定・解任は株主総会の決議事項とされています。
このように、取締役は、会社に使用されて賃金を支払われる者とは異なる地位と責任を定められており、いわゆる経営者側の者となります。
したがって、取締役等の役員は、労基法上の労働者に該当せず、未払賃金の支払の対象にはなりません。
次に、建設業における一人親方の職人や自己所有のトラックを持ち込んで運送業務に従事する運転手などは、通常、業務委託契約や請負契約の形式がとられ、出来高に応じて報酬が支払われます。
このような労働者は、原則として労基法上の労働者に該当しないことになります。
もっとも、特定の企業のために専属的に労働を提供している場合は、形式的に請負や委任契約を締結していても、労働者に該当する可能性があるので注意が必要です。
労働者に該当するか否かは、契約の形式によって決まるのではなく、労働の実態において判断されます。
すなわち、仕事依頼に対する諾否の決定権がなく、業務内容や遂行について指揮命令を受け、勤務場所や時間が指定されているようなケースでは、労働者性が肯定されることになります。
また、賃金の支払い形態や経費負担、社会保険料の徴収の有無等も労働者性を判断する上で重要な事情となります。
反論2 従業員が主張する労働時間が実際とは異なる
裁判実務においては、労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間と定義されます。
したがって、対象となる時間が実労働時間に該当するかどうかは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間といえるか否かによって判断されます。
タイムカードにより時間管理がなされている場合は、裁判実務上タイムカードの記載をもとに労働時間の認定が行われることがほとんどです。
業務を終えてからもだらだら社内に残っていただけで仕事をしていなかったと裏付けなく主張しても認められることはありません。
裁判において、実労働時間の該当性が問題になる典型的なケースは以下のようなものがあります。
1 準備・後始末の時間
業務開始時刻の前に、着替えや朝礼を行ったり、業務終了後に店舗の清掃や引き継ぎを行う場合があります。これらの作業が業務上義務付けられており、使用者の指揮命令による場合は、実労働時間に該当する可能性が高いと考えます。
2 待機時間
待機時間とは、工場労働者が作業を行うために、前工程から部品が届くまで待機したり、店員が客の来店まで待機したりする場合をいいます。
労働者が具体的な作業を行っていなかったとしても、使用者の指示があればすぐに作業に従事することになりますので、労働時間に該当することになります。
3 持ち帰り残業
仕事を自宅に持ち帰って行う場合、使用者からの明示または黙示の指示があれば労働時間と認められます。
最近では、情報漏洩防止の観点から、職場のパソコンやデータを外部に持ち出すことを禁止している企業が多いです。
4 研修
研修や訓練については、参加の自由が保障されているかどうかが労働時間該当性の判断のポイントになります。
研修の不参加にはペナルティーが課されるなど、事実上参加が強制されている場合は、労働時間になります。
反論3 残業を命じていないので労働時間ではない
残業代を請求された場合、使用者側が、労働者が勝手に残っていただけで、残業をするよう指示していないのに残業代を払わなければならないのかとの気持ちを持つことは珍しくありません。
もっとも、裁判で時間外労働が問題となっている事例で、使用者側が明示的に残業を行うよう命じているケースはあまりありません。
労働者の担当する業務が決まっており、それを処理するために所定労働時間を超えてなし崩し的に残業しているケースがほとんどであり、このような場合は、使用者からの「黙示の指示」があったと認定され、残業代の支払いが命じられることがほとんどです。
したがって、使用者側としては、残業を指示していないと反論するだけでは意味がなく、黙示の指示が存在しないことを積極的に主張・立証していく必要があります。
黙示の指示がないことの具体的な反論方法としては、使用者が、労働者に対して残業を禁止していたことに加え、業務量が残業をするほどのものでなかったこと、残業が必要となった場合は、上司に引き継ぐことなどのルールがあり、これを厳格に運用していたことなどを主張・立証する必要があります。
上記のような事情があるにもかかわらず、労働者が残業していた場合は、労働者の完全なる自由意志に基づく残業であるとして、労働時間ではないと判断される可能性が高いと考えます
。
反論4 管理監督者である
労基法41条2号は、「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」は、労働時間、休憩及び休日に関する規定は、適用しないと定めています。
これは、使用者側が、請求者である労働者が管理監督者であることを主張することで、請求原因の効果の発生を妨げるものになりますので、抗弁という防御方法になります。使用者側で具体的に主張・立証する必要があります。
管理監督者が、労基法上の労働時間に関する規制を除外されているのは、一定の職責を有する役職者の中には、経営者と一体の立場となっており、職責の重さと現実の勤務態様から、労働時間や休憩、休日などの規定の枠を超えて活動することが不可避であること、そのような立場の者は、自己の判断で自由に出退勤を行い、休憩を取ることも認められていること、給与などの労働条件に関して、他の労働者と比べて優遇されているため、厳格な労働時間管理を行わなくても保護に欠けることがないことが理由です。
あくまでも、管理監督者は、例外的に労働時間規制を免除しているにすぎないことから、管理監督者該当性の判断に当たっては、かなり厳しく限定的に解釈されています。
裁判では、以下のような要素を考慮して判断されます。
- 経営者と一体的立場にあるといえるほど重要な権限と責任ある職務に従事していたか
- 出退勤について自由裁量を有するか
- 職責に相応しい処遇を受けていたか
なお、管理監督者であっても深夜労働に対する割増賃金の支払義務を免れることはできませんので注意が必要です。
反論5 固定残業代・手当により残業代は支払済みである
労働者からの残業代請求に対して、使用者がすでに残業代を支払っている場合は、当然ながら請求は認められません。
基本給や手当に時間外手当が含まれるとの主張が認められるためには、以下のような条件を満たす必要があります。
- 当該手当が実質的に時間外労働を含める趣旨で合意されていること
- 通常の賃金部分と時間額労働賃金部分が明確に区別できること
- 通常の賃金部分から計算した時間外労働部分の賃金との過不足が計算できること
上記の条件が賃金規定や給与明細、雇用契約書から明らかにされなければなりません。
抽象的に残業代は基本給に含まれていると主張するだけでは、残業代を払っているというとの主張はおよそ認められません。
反論6 消滅時効が完成している
残業代請求の消滅時効は、2020年4月1日から、2年から3年へと伸長されました。
企業としては、労働者から最大3年分の未払残業代を請求されるリスクがあることになります。
消滅時効については、単に3年の期間が経過しただけでは、債権が消滅するわけではありません。消滅時効を援用するという意思表示が必要です。
よって、会社が抗弁として消滅時効を主張するためには、以下の事実を主張する必要があります。
1 権利の行使が可能な状態になったこと
2 1の時点から3年の時効期間が経過したこと
3 労働者に対して時効を援用する意思表示をしたこと
なお、民法には時効中断事由が規定されています。時効中断事由に該当すると時効の中断が認められ、消滅時効の主張は認められなくなります。
残業代請求に関連する時効中断事由としては、債務の承認や催告などがあります。
会社が、労働者に対して支払いますと回答すれば、債務の承認に該当し、もはや消滅時効の主張をすることができません。
また、催告の典型は、内容証明郵便による請求です。催告は、暫定的な時効中断の効果歯科認められていません。会社に内容証明が到達後、6か月以内に訴訟を提起するなど確定的な中断事由を講じることで時効が中断することになります。
当事務所でサポートできること
福井スカイ法律事務所では、未払残業代の請求を受けてお困りの企業からの相談を承っています。
残業代を請求された場合は、適切に対応しなければ、高額な支払に繋がる可能性があります。
もし残業代の請求を受けた場合は、できるだけ早期にご相談ください。
事情をおうかがいし、支払う必要があるか、必要な支払額について見通しをお示しし、解決のための方針をお伝えしています。
また、裁判になる前から、弁護士が企業の代理人となって交渉することにも対応しています。相手方もしくは相手方の代理人と交渉を行って、適正な解決をめざします。